世代交代によって起こる地域レガシー企業のイノベーションとは O-GROWTH TALK “Innovation GROWTH” 書き起こしレポート vol.2
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木原真理子(以下、木原真):今回は「Innovation GROWTH」をテーマに、アトツギとしてのイノベーションについてお話を伺っています。ひとつ前の記事の事業紹介でも触れられたように、製菓製パン業界の中でかなり革新的な取り組みをされてきたと感じます。例えば、小ロット販売やECでの展開など、いろいろなイノベーションがあったと思いますが、どのような思いを基軸にして、業界に変化をもたらしてこられたのでしょうか?
黒須綾希子(以下、黒須氏):製菓製パン業界は、非常に保守的で古い商慣習が残る業界です。例えば、私たちが参入しなければ、いまだにケース単位での販売が当たり前だったかもしれません。でも、同時にこの業界は淘汰が進んでいる分野でもあります。
多くのお菓子屋さんや和菓子屋さんは家族経営で、経営資源が限られています。さらに、製菓材料の原価が高い割に粗利はさほど取れず、べらぼうに儲かるビジネスではありません。その上、DX(デジタルトランスフォーメーション)も遅れ、人材不足や利益率の低さが課題となっています。
私は、このマーケットを未来に残したいという強い思いを持っています。このままではコンビニスイーツやスーパーで買える和菓子だけが残るような市場になってしまう。それを防ぐために、業界全体にイノベーションを起こし、小規模な飲食店や菓子店を支えていきたいというのが私たちの使命だと考えています。
木原:アトツギとして、これまでの事業を尊重しながら新しい取り組みを進めるのは簡単なことではなかったと思います。その中で、特に気をつけていたことや意識されていたことはありますか?
黒須氏:2代目だからこそできることは確かにあります。私は東京で働いた経験を持ち、外部から入ってきた立場でもあったので、時代の変化に対応する責任がありました。私が入社した頃、会社は創業から10年ほど経っていて、まだそれほど歴史のある会社ではありませんでしたが、それでも変化しなければ厳しい状況になると感じていました。
一方で、当時の社員や創業メンバーには、「この10年でゼロから成功を積み上げてきた」という強い自負がありました。失敗経験がない中で、新しい事業を提案するのは非常に難しかったです。特に、24~25歳の若い娘が「これまでのやり方を否定して、新しい方向に進むべきだ」と言わざるを得なかったわけですから。
でも、私はとにかく対話を重ねました。対立構造を作らないよう、「なぜこの変化が必要なのか」を丁寧に説明し、「この新しい事業は私が責任を持って進めます」と宣言しました。任せるとか外注に頼るのではなく、自分が手足を動かして取り組む姿勢を見せることで、少しずつ信頼を得ていきました。最初は疑念もありましたが、結果を出しながら徐々に受け入れてもらえたと思います。それまでの成功体験を否定するのは難しいし、恐ろしいことでもありますが、変わらなければ次の一歩がないと強く感じていました。
木原:そうした丁寧な対話を続ける中で、ある意味では急がずゆっくり進めたように感じますね。
黒須氏:いえ、実際にはすごく急ぎました。時間がなかったので、当時は相当なスピード感で取り組んでいました。
木原:その中でも、対話を重視し、手を抜かずに進めていったのですね。
黒須氏:そうですね。とにかく多くの人を巻き込みました。
木原:お話を伺っていると、アトツギとして理想的なケースだと感じます。特に、変化を受け入れ、推進する力がすごいですね。
黒須氏:それも父のおかげです。父は「変化を恐れるな」という考えを持っていて、「変革した者だけが生き残れる」といつも言っていました。実際、会社にも大きくその言葉が掲げられていました。新しい挑戦をする際には「やってみろ」と背中を押してくれましたし、周りも「社長が言うなら」と協力してくれたんです。失敗する可能性もある挑戦でしたが、そうした支えがあったからこそ、孤独にならずに進められたんだと思います。
木原:お父様の支え方も素晴らしいですね。変革を推進する立場として、非常に重要だったと思います。
木原真: よく、「スタートアップは宇宙で風船を広げるようなもの」と言われます。何も資源がない空間で風船を膨らませるような難しさがありますよね。一方で、アトツギやイントレプレナー(社内起業家)の場合は、「深海で風船を広げるようなもの」とも言われます。資源はあるけれど、水圧のような組織の圧力や同調圧力が大きく、新しいことを進める難しさがあります。
黒須さんの場合、新しい事業に対する強い思いや確信があったからこそ、こうしたプレッシャーを乗り越えてきたのではないでしょうか。その事業をやり遂げる自信や覚悟は、どのように培われたのでしょうか?
黒須氏:正直、それがなければ成功は難しかったと思います。というか、今やれと言われても難しいですね。今の私は、知識や経験が増えた分、余計なことを考えてしまうかもしれません。当時の私は社会人3~4年目で、前職のインテリジェンス(現:パーソルキャリア)では求人広告の営業しかしていませんでした。eコマースもインフルエンサーマーケティングも知らず、お菓子やパン作りについての知識もゼロ。それでも、当時のB to C事業立ち上げでは、ブロガーさんを活用したマーケティングに「これしかない」と信じ切っていました。
「絶対にこれをやりきれば業界のナンバーワンになれる」という確信があって、営業力だけで突破できるという自信がありました。その信念が、結果的に成功への原動力になったと思います。
木原真:確かに、事業を信じ抜く強さは、アトツギでも業界変革を目指すイノベーターでも必要不可欠だと思いますね。根拠がなくても、「これが正しい」と信じられる強い気持ちがあるかどうかで、イノベーションの成否が大きく変わるのではないでしょうか。
木原:その「信じる力」や「覚悟」があるからこそ、日々考え続けられるんだと思います。その中で、ふとした瞬間に「あ、これだ」と確信する瞬間がある。いろいろな考えや経験がパズルのように組み合わさって、結果として成功のアイデアが生まれるんだと感じます。
黒須氏:そうですね。覚悟も大事ですし、当時は自分が先頭に立って動いていました。誰よりもお客様を見て、誰よりも業界について勉強していました。その中で、「このマーケットで1位になるためにはこの方法だ」というアイデアが、結果として現場を知っていたからこそ浮かんできたんだと思います。振り返ると、それはただの「勘」ではなく、現場を知っていたからこそ出てきたアイデアだったんだと思います。
木原真:いろいろな情報を集めて考え抜いた結果、導き出された答えだったんですね。大局観のような。黒須さんは、アトツギとしての素質もお持ちですし、経営者としての強い信念もあります。また、女性で上場企業の経営者として活躍されていることは、大分だけでなく全国的にも注目されています。しかもお子さんが3人いらっしゃる中で、仕事と家庭を両立されてきたのは本当に素晴らしいと思います。実際、家庭と仕事をどのように両立してきたのか、教えていただけますか?
黒須氏:そもそも、私の母が商売をしながら3人の子どもを育ててくれた姿を目の前で見ていたので、自分も「子どもを3人くらい産んで、仕事もバリバリするのが当たり前」という感覚で育ちました。それ以外の選択肢はほとんど考えたことがなかったんです。
新卒の時から、「子どもを産むまでに一定のキャリアを築いておかないと、出遅れてしまう」と漠然と思っていました。例えば、20代後半で1~2人子どもを産むとしたら、それまでに自分のキャリアがしっかり軌道に乗っていないと厳しい。仮に事務処理しかできない状況だったら、1~2年キャリアを中断するだけで戻る場所がなくなり、同世代にも大きく遅れてしまうだろうと考えていました。
だから、20代のうちに何か1つ大きな成果を成し遂げなければならないという気持ちで、最初の数年は本気で働いていました。3年で転職しようと考えていたのもそのためです。その後、1人目の子どもが生まれるまでに、eコマースの新規事業立ち上げを一巡させ、なんとかマザーズ上場まで持っていきました。それが私のキャリアの1本目でした。ここまでは計画通りに進められたと思います。
木原真:キャリアを築くタイミングと、子どもを持つタイミングを計画的に考えながら歩まれてきたのですね。
黒須氏:そうですね。子どもを授かるタイミングとキャリアのバランスを考え、「このタイミングで子どもを産む」と決めて行動したことが、両立の第1歩だったと思います。その後は、「両立を歓迎してくれる夫を見つける」、もしくは「夫を育てる」ことが重要でした(笑)。フェアに子育てを分担できるパートナーの理解があってこそ、今のバランスが成り立っています。
現在、私には8歳と5歳の双子の子どもがいて、まだまだ手がかかりますが、家事はできる限り手放しています。料理だけは好きなので自分でやっていますが、それ以外の掃除や片付けは家政婦さん、子どものケアはシッターさんにお願いしています。初めは抵抗もありましたし、「大事な時期に子どもを他人に任せていいのか」と悩む方もいると思います。でも、私自身も大事な時期なんです。だから、全てを自分で抱え込むのではなく、得意な人に任せることがポジティブだと割り切っています。
子どもたちは、母親だけでなく、さまざまな大人から多様な愛を受け取る方が豊かに育つと信じています。私はそうしたサポートを得ながら、ほとんどの子育てをチームで進めています。
木原真:キャリアに正解はありませんが、黒須さんのように自分が本当に大事にしたいものを明確にして、「ここは手放さない」「ここは手放しても大丈夫」と判断できることが素晴らしいと思います。手放すことがネガティブではなく、むしろ自分や家族にとってポジティブな結果をもたらすと考えられるのは大きなイノベーションですね。
木原: 少し話が飛ぶかもしれませんが、黒須さんが以前「経営することはこの上ない自由がある」とおっしゃっていたのが印象的でした。その背景について教えていただけますか?経営の自由さに魅力を感じる一方で、責任や困難も多かったと思いますが、どうしてそう思えるのかをぜひお聞きしたいです。
黒須氏:全ての責任を自分で取れるからこそ、自由だと感じます。もしインテリジェンスでそのままキャリアを積んでいたら、大企業の社員として社内の政治や自分の権限外のことに縛られることも多かったと思います。50歳になった頃にはもっと自由を得られたかもしれませんが、30代で経営者になれたことで、事業の選択や投資、新規事業の立ち上げなどを自分の意志で決められる立場になりました。
それに、私は経営者だからこそ子育てを両立できていると思います。サラリーマンのままだったら、ここまで自由に両立するのは難しかったでしょう。経営者であることで、自分の時間をどう使うかを自分で決められる。これこそが自由の本質だと思います。
木原:本当にその通りですね。私も経営者になってから、自分で時間を選択できる自由さを実感しています。子育てや家族との時間も、経営者であるからこそ大切にできると思います。
黒須氏:「キャリアオーナーシップ」という言葉が日本ではまだあまり浸透していませんが、最終的には「自分のキャリアのオーナーは自分自身である」という考え方が重要です。経営者は特にそれを体現できる立場にいると思います。だからこそ、「こう生きたい」「こういう母親になりたい」という自分の意思を大切にできる。これは、勤め人ではなかなか難しいことかもしれませんね。
木原:どこまでいっても、勤めている会社の価値観や経営者の価値観の枠内でしか動けない部分がありますよね。僕も子育てを経験してみて、世の中のお父さんやお母さん、特にお母さんが担っている役割の大きさを実感しました。例えば、子どもの送り迎えをするのは、ほとんどが女性ですよね。
うちの会社にも子育てをしながら働いている女性社員がいますが、自分が子育てをしているからこそ、その大変さや気持ちが分かるようになりました。前に経営していた会社では、正直そういう視点が全然持てていなかったんです。今思うと、本当に恥ずかしいくらい未熟だったなと思います。
今の会社では、子どもがいつでも来られるような雰囲気づくりを意識しています。オフィスも土足禁止で、裸足でも入れるようにしているんです。急に休まなければならないときでも、気兼ねなく休める環境を整えたいと思っています。
黒須氏:すごく分かります。でも、それって裏を返せば、「自分で責任を取れるから休んでいい」ということだと思っています。休んだしわ寄せが誰かにいくような仕組みだと、「申し訳ないから休めない」となってしまいますよね。
うちの会社でも、「いつでも休んでいいし、子ども優先で生きていい」という環境を整えています。ただ、その代わりに「自分のミッションは必ず期待以上に果たす」という暗黙の了解があります。これはあえて言葉にしていませんが、そういう交換条件があることで、お母さんたちもキャリアを築けると思っています。
子育てをしている人が特別偉いわけではありません。ただ、覚悟を持って責任を果たすという意識を共有できている組織は、とても心地よいですね。

木原:そういう思いを共有できる仲間の集まりって、本当に心地いいですよね。今の言葉も、僕が言うより、黒須さんが言うからこそ説得力があるなと感じます。
木原真:今回のテーマである「Innovation GROWTH」に関連して、イノベーションを目指す起業家の方々がOita GROWTH Venturesに応募されてくるのですが、事業成長だけでなく、働き方のイノベーションも重要だと思っています。従業員がやりがいを持ち、自分の人生と両立しながら働ける仕組みを作ることもイノベーションの一つですし、それが結果的に事業成長につながる。良い組織になることで、より良い人材も集まると思うので、応募を考えている方にはそういった視点も持っていただけたらと思います。
また、Oita GROWTH Venturesのテーマは「多様な事業成長」です。cottaさんのような上場企業の場合、株主からの成長要求もあると思いますが、先ほどご説明いただいたように、新たなミッションも設定されていますよね。cottaさんにとって、「事業成長」とはどのような状態を指すのでしょうか?一言で表現するのは難しいかもしれませんが。
黒須氏:そうですね、まず納税することが大前提だと思っています。納税は義務ですし、企業として社会に貢献するためにも利益を出す必要があります。もう一つ大切なのは、雇用を生むことです。売り上げ(トップライン)がなければ雇用は生まれません。だから、「利益だけ出せばいい」「売り上げなんてどうでもいい」とは考えていません。トップラインと利益の両方をバランスよく追求することが必要だと思っています。
木原真:会社が成長することで、社会への価値貢献が広がるという考え方でしょうか。例えば、納税や雇用の創出、さらに事業そのものが生み出す価値も含めて。成長を目指す理由は、そこにあるのですか?
黒須氏:そうですね。でも「なぜ成長を目指すのか」と言われると、私は「生きている限り、成長し続けたい」という気持ちに尽きると思います。成長することそのものが喜びだからです。
みんな自己成長を求めて働いていると思うんです。お金は二の次、三の次で、本質的には「自己成長を通じて心が豊かになり、人に貢献できる」ことが喜びなんだと思います。会社はそういった成長の集合体である以上、常に成長を続けるべきだと考えています。
だから、「なぜ成長するのか」という問いには正解がなく、「生きている限り成長しなければならない」が私の答えです。ただし、そのためには知恵が必要です。今の時代、単純に売り上げや利益を右肩上がりに伸ばし続けるのは難しいですし、それを実現するには深く考え抜かなければなりません。
成長する会社にいる人たちは必ず成長していると思います。だからこそ、成長できる環境や場を提供し続けることが私の責任だと感じています。

木原:楽しめていますか?
黒須氏:自己成長が止まると楽しくないし、逆に「できることが増えて前に進んでいる」と感じる時が一番ワクワクするんですよね。だから、「楽しめているか?」という問いに対しては、正直楽しめていない時期もあったと振り返ります。でも、最近になって楽しめる方法が少しわかってきた気がします。
木原:楽しめる方法がわかるというのは、自分の人生にとって大切なことですね。
黒須氏:そうですね。それは社員のみんなにも伝えたいことです。ただ忙殺されるのではなく、本質的な豊かさを考えながら、自分なりの答えを持って働いてほしいなと強く思っています。
木原真:黒須さんの元で働きたいですよね。
黒須氏:いや、とんでもないです。
木原真:では最後に、イノベーションを目指す経営者や起業家の皆さんに、一言メッセージをいただけますでしょうか。黒須さんは後継ぎとしてのイノベーション、業界変革としてのイノベーション、そしてキャリアとしてのイノベーションを実際に起こされていますが、多様なイノベーションに取り組む皆さんへのメッセージをお願いします。
黒須氏:難しいですね。そんな大それた立場ではありませんが…。私たちの行動指針の1つに、「ワクワクしよう。プロであろう。前に進もう。」というバリューがあります。この3つを私自身がとても気に入っていて、特に「ワクワクしよう」というのがすごく大事だと思っています。
どうすれば自分がワクワクし続けられるのか、それを突き詰めることが大切だと思います。継続できることこそが一番強い。途中で止まったり、飽きたり、疲れてしまったらそこで終わりです。でも、ワクワクしていれば継続できるんですよね。だから、どうやったら自分がずっとワクワクできる環境に身を置けるのかを考えてみてほしいです。
たまに「今、自分はワクワクしているかな?」と自問してみたり、もしワクワクしないことがあったら思い切って捨ててもいい。ワクワクする方を選ぶことを心がけると、継続性が生まれると思います。私も今、その判断軸で動いています。この考えが何かヒントになれば嬉しいです。
木原:すごく良いヒントをいただきました。ありがとうございました。
木原真:今回のO-GROWTH TALKは、株式会社cottaの黒須さんお迎えしました。ありがとうございました。
––––––– 終わり