Oita GROWTH Ventures(おおいたグロースベンチャーズ)採択起業家インタビューvol.3 ファン チュン フック氏 (株式会社フック)
<令和6年度 Oita GROWTH Ventures 採択者>
株式会社フック 代表取締役 ファン チュン フック氏
こちらは、⼤分県成⻑志向起業家育成⽀援事業「Oita GROWTH Ventures(おおいたグロースベンチャーズ)」の採択起業家5者の事業を始めたきっかけやお人柄、今後の展望をより多くの方に知っていただくことと、実際にアクセラレーションプログラムを開始しての現状や、今後目指していく事業成長についてお話を伺ったインタビュー記事です。
3人目の採択起業家は、株式会社フック 代表取締役 ファン チュン フック氏です。
「コーヒーをきっかけに再確認したい日本文化の本質と美しさ」

株式会社フック 代表取締役 ファン チュン フック氏
(事業内容)
ベトナムの高品質のコーヒーを日本に届け、環境保護の持続可能な未来を実現する事業を目指す。
お父様から受け継いたコーヒー農園
夢は自給自足の村を作ること
別府市にある、ベトナム料理とフォーの専門店「スパイス食堂クーポノス」。立命館アジア太平洋大学(以下APU)卒業後、お店をオープンさせたオーナーのファンさん。開店して今年で9年目を迎え、化学調味料を使わない体に優しい料理の数々は、今も多くのファンを魅了し続けている。
「幼い頃から合気道や空手を習うことで武士道の道徳観を学び、日本文化の奥深さに触れてきました。私自身の道徳観や倫理観を形成する上で大きな影響を与えた日本に憧れを持ち、APUへ。在学中は環境学部で環境開発などについて学びました。自然豊かな日本の美しい景色を観て感動し、日本人の自然環境や自然美への意識についてもっと学びたい、知りたいと思い日本に留まることを選びました」と、言葉を一つひとつ丁寧に選びながら、流暢な日本語で話してくれた。
ファンさんの実家は、ベトナムで20年続くコーヒー農園を営んでいる。経営者だったお父様が亡くなり、農園を手放そうかという話になったが、ファンさんが農園を引き継いだ。「大学で学んだこともあり、有機農業にはすごく興味がありました。受け継いだコーヒー農園を4年前から有機栽培に切り替え、ベトナムを行き来しながら、家族で農園を切り盛りしています」。
オーガニックコーヒーのブランド立ち上げをきっかけに有機農業を広げ、日本、そして地球上の全ての食をオーガニックにしたいという想いがある。その先には、大学在学中から思い描く壮大なビジョンも。「最終形として、自給自足できる村を作りたいという夢があります。その夢に向かうため、一歩踏み出す段階にきていると感じています。クーポノスやコーヒーはあくまでそこに到達するまでの準備期間。ビジョンに近づくには自分一人の力では到底無理だと感じ、Oita GROWTH Venturesに応募しました。日本や大分で成功している経営者の方々にアドバイスやアイデアをいただき、自分自身の学びも深めたいと思いました」。

自分の想いを言葉にして気づいた
変化する日本の「優しさ」
昨年8月からスタートした支援プログラム。半年間のメンタリングを受け、ファンさんの中で気づきや変化はあったのだろうか…。これまでは、夢やビジョンを言葉にする機会がなかったとファンさん。そのため、うまく自分の想いが伝わらず、メンタリングの中でもどかしく感じたこともあった。メンターの方から『あなたは何をしたい?未来に何を描いている?』と問われ続け、言葉や文章にすること、そして伝えようと努力することで自分の想いがより明確になってきた。
「初めて日本の地を踏んだ時、最も驚いたのは日本人の『優しさ』でした。しかし、日本での生活が長くなるにつれ、都市部と農村部での『優しさ』の質が異なることに気づきました。自然と深く関わる農家の人々は武士道の精神に近い優しさを持っているように感じ、自然の流れに沿った食生活を送る人々は、深い人生観を備えていました。この気づきから、私は『食と環境と人間の思考』の関連性について考え始めました。産業革命以降、日本の農業も大きく改革され、化学肥料や農薬の使用が一般化し、食料の供給過多の時代に突入しました。人間は、食事のエネルギーを野菜や果物などを通じ摂取します。だからこそ、自然の摂理に従って育った作物こそが、人間にとって最もエネルギーを含んでいると思うんです。日本人が『人工的な人間』へと変化するのを静観するのではなく、日本の美しさや精神を大切にしたいと考え、その一環として食に対する意識を見直すことが重要だと気づきました」。
最初のステップを見つけることが大事
様々な考え方を受け入れようと学んだ
日本のオーガニック市場で利益を上げているビジネスモデルを調べたり、コーヒーやカフェに関する情報収集や研究なども積極的に行った。そんなファンさんの姿からも、ビジョンを形にしたいという強い想いを感じとることができる。「これまでは情熱しかなかった。でも、様々な市場を知ることによって、ぼんやりとしたビジョンがはっきりと見えるようになってきました。基礎が固まったので、あとはコーヒーのブランディングや資金調達など、具体的なことを固めればすぐにでも動き出せると思います。20年後、30年後のビジョンを見据えているので、それに向かうための最初のステップを見つけることが、今一番大事なことだと感じます」。
これまで、お店の経営に関することは独断で行ってきた。「私が思い描いているのは、自然の中でみんなと一緒に暮らすというビジョン。理想郷を目指すには共生・協働が大切になってくるので、一人で突っ走ってきた私にとって、いろんな人の考え方や感情を受け入れることが必要だと学びました。ベトナムだけでなく、日本や、世界を良くしたいという思いがあるので、それにはまずは足元の大分から知ること。大分で活躍している方々の実際の経験談を聞き、また世界が広がりました」。

大切に育てたコーヒーが
日本の豊かさを再確認するツールになれば
ファンさんがお店で提供するベトナム料理は、お母様が作る味を再現している。きちんと出汁をとったフォーは、ファンさんにとっても思い出の味だ。産まれたての卵や搾りたての牛乳、新鮮な魚などが並ぶ幼少期の食卓の風景は、食べ物の大切さを重んじるファンさんの原点にもなっている。
「父が残した大切な農園は、自然豊かな山のてっぺんにあります。1万年前は火山活動も盛んで、傾斜には大きな岩も残り栽培には苦労しましたが、神社もあったという神聖な場所なので、すごくパワーを感じるんです。そこで栽培するコーヒーは、他とは違う特別な存在です。一本一本のコーヒーの木をとても大切にし、できるだけ自然に近い状態で栽培しています。私が取り組んでいるのは、単にコーヒーを販売すること、そしてベトナムのコーヒーを広めることではありません。それを通じて、人々に食の大切さや、日本が本来持っていた思想を取り戻して欲しいという願いを込めています。コーヒーは単なる飲み物ではなく、一つのツールなのです。これをきっかけに、多くの人が自らの生活を見直し、自然と共に生きる豊かさを再確認してくれることを願っています」。
ファンさんは『食と思想ー日本文化の本質を求めてー』というタイトルで、これまでの想いをレポートにまとめあげた。ぎっしりと熱い気持ちが綴られ、日本人よりも日本を愛する気持ちが伝わり胸が熱くなった。ファンさんのたくさんの思いが詰まったコーヒー、今度ぜひ一度味わってみたい。
■取材・文:安達博子
■多様な事業成長を支援し、新しい経済と社会価値を創る「Oita GROWTH Ventures」
公式サイト:https://oita-growth-ventures.com/
主催:大分県
運営:KIHARA Commons 株式会社